ずいぶん淡々としたキレイな絵を描く人だなぁと思ってはじめて手に取ったのが「ソラニン」です。海老名のとあるレンタルビデオ屋さんでは、貸マンガもやっているのですが、マンガ喫茶でがっつり読みたいわけでもないし、購入するにも躊躇ってしまうときによく借ります。便利便利。
で、写真の「虹ヶ原ホログラフ」と「ひかりのまち」は1冊読みきりなので買いました。どちらの作品でも感じられたことなのですが、なんとなくビョーキっぽい世界で物語られます。絵の清潔さがその拍車をかけているようにも思えます。それにちょっと難解。「虹ヶ原ホログラフ」は、難解な上にビョーキっぽいです。
読み進めていくと鈴木アマヒコと木村有江の母が件(くだん)のメタファー?になるのかな?最後のほうで凶事めいたことを予言している本人だしなぁ。傷つけあう人間に絶望して世界を終わらせたいというのだろうか。ストーリー自体が「人間たちはこんなふうに酷いんだよ」というサンプルにも取れます。ここらへんまでは腹にすっと落ちなくもないんですけど、小松崎の扱いがわっかんないなぁ。
プロットが時間軸と登場人物であっちこっちにいくから整理しづらいんだけど、「小松崎は、傷つけスパイラルのターミネーターであるべきだったんだけど、失敗しちゃった人だよ」みたいな扱いだとスッキリする。で、失敗させたのは(人間味あふれるという意味で)無垢な扱いであるマキ。
ワタシは全ての元凶はマキにあると思っているんだけど、このマキという人物は常にイラついた不安定な女性として描かれています。傷つけていることも知らないし、償いに立ち会わされていることも知らない。というか何も知らない。作者は何も知らないことは何よりも悪だと言っているように思えます。
強引にいろいろ当て嵌めるとつまらなくなりそうなので、こんくらいで整理をやめます。そうすれば、もう1回読んだときに面白く読めるし。どうかな。



