ノベログコンバータ向け小説を書いてみました!

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その日、千尋一敏(チヒロカズトシ)は同僚の送別会を3次会まで付き合って、自宅最寄駅へ向かう最終電車を逃してしまった。

一敏は、妻の祐子と結婚して3年経つ。まだ子供もいないので金に困った生活はしていないのだけれど、今日はいける所まで電車を使い、途中からタクシーに乗り換えるつもりでいた。
「タクシーだけで帰った」と酒臭い息で言われるより、「電車も使って帰ったんだ」と報告したほうが妻も何か安心するのではないかと思ったからだ。電車を使うことと、妻の安心を直接結びつけることはできないけれど、直感的にそうしたほうがいいと思った。

下北沢で吉祥寺行きの電車を降り、小田急線小田原方面へ向かう階段に差し掛かるところで誰かに呼び止められた。1度振り返りはしたものの、自分に話しかけてくるような知り合いは下北沢にはいないし、気の所為かとかぶりを振り、下る階段に足をかけた。
ホームから小田急線のアナウンスが聞こえてきたので、急いで駆け下りようとしたときに、また、確かに、「なぁ、お前だよ。」という女の声を聞いた。何人かが、セリフの声が女だということでぎょっとして振り返るも、家路を急ぐサラリーマン達は、狭く薄暗い通路を足を止めずにぞろぞろと抜けていった。
人の流れを止めるのも面倒くさいし、声の様子からたぶん痴漢にでもあったのだろうとあたりをつけ、一敏も立ち止まることはなかった。

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小田急線ホームでは発車のベルが鳴り始め、注意を促すアナウンスがあたりに響いている。
一敏はホームを駆けて、やっと一人入れそうな乗り口をみつけ、扉上部のへりをつかんで背中で乗客を押しのけた。
人が聞き取れないような声ですみません、すみませんとつぶやきながら、すまなくない力で乗客を押し入れる。扉のコンプレッサーの空気が抜ける音とともに(それは、空気が入れられている音かもしれない)扉が閉まっていく。
その瞬間、一敏はへりに踏ん張っていたその手を払われ、ヒョイとホームに転げ出てしまった。さらに自分のかばんで躓き、大きくバランスを崩して両手をコンクリートの地面についた。突っ伏した姿勢で肩越しに後ろ見上げると、もう扉はぴたりと閉まっていて、乗客は一人として目を合わせてくれず、扉が開きなおしたりしないことを祈っているようにさえ見えた。

30歳にもなって、落とし穴にはまるとか、背中に「修行中」と張り紙をされるとか、子供のいたずらをまともに受けたような気恥ずかしさで、腹が立つというよりも、誰かに笑われていないかが気になってトイレにでも逃げ込もうと思った。
電車が後ろで動き出したので、立ち上がろうと方膝に手をかけると、ひとり、女が一敏の顔を覗き込んできた。

胸の部分が肌蹴た白いブラウスにやわらそうなピンクのカーディガンをひっかけている。首からたれたプラチナのハートのネックレスがゆれている。目の辺りは緩みなくラインが引かれていて、まぶたの端にかすかな黄緑色が彩られている。
女性用整髪料の宣伝に出てくるようなゆるりとした髪が額に垂れ、首元でフワリと跳ねている。毎朝かなり時間をかけて化粧をしていることが容易に想像できた。22~23歳くらいだろうか。顔立ちは一敏の好みだった。一敏をじっと見つめている。

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大丈夫ですか。いえ大丈夫です。酷いですね。電車から突き落とされたみたいでしたよ。怪我はないですか。ほら、手の平、すりむいちゃってるじゃないですか。絆創膏。もってますよ。いえ大丈夫です。
女が屈んだときにそっと吸い込んだ香りに気分を良くしてそんな会話のやり取りを妄想していた。

「あー。あんたじゃないし。」と女は言った。

あー。あんたじゃないし。と耳に入ってきたのだけれど一敏にはよく理解できなかった。
立ち上がろうとした格好のまま、覗き込んでくる女の胸の谷間ばかり見ていたし、なにより妄想していなかったセリフが出てきて少し混乱した。
「すみません。ええと。」一敏はようやくスーツの汚れを払うようにして立ち上がった。
「すみません。ええと、なんでしょうか。」一敏は言い直した。女も膝に手をあてて屈伸するように立ち上がった。首を回しホームの時計を一瞥し、バッグをゴソゴソと探り携帯電話を取り出してパタンと開いて何かを確認してまた閉じて言った。

「ごめんね。さっき、井の頭で痴漢してきたおじさんとまちがえちゃったみたいなんだけど。」
間違えたとは言いつつも、さほど悪びれた様子もない言い方に、黒いムカつきがムクリと起き上がった。それに、「どうしてあんたなのよ。」というすこし非難めいた空気さえ感じとれた。
黙って続きを待っていたが、たぶんこの女は「間違えちゃったみたいなんだけど」→「どうする?」というニュアンスで伝えてきたのだろう。口を半開きにして一敏が返事で継ぐことを期待した表情でじっと見ている。

「あのさ、どういうことかな。」と一敏はそう言いながらも、どういうことか今、明快に説明されたばかりだということに気がついた。
女は2度、同じことを説明をすることがよほど癇に障る性分なのか、声には出さないが、はぁ?という表情をその顔に貼り付けたまま、もう一度「だからまちがえちゃったみたいなんですけど」と言いなおした。
付け加えられた丁寧な語尾は、明らかに苛立ちをこめて言ったようだったけれど、その態度はなんとなく小学生程度の子供っぽさが感じられて微笑ましく思えた。鼻の穴が少し膨れているのだ。

「あぁ。いいよ。」一敏は、女に対して言った。この女の言うとおり、まちがえちゃったんだと思うことにした。どうしようもない。確かに愉快なことではないけれど、何かが大きく損なわれたわけでもない。スーツが破けているわけじゃないし、ホコリも掃えば落ちる。
それに、この女に何か要求しようにも、「痴漢された」と言う事と、なによりその「男を逃してしまった」という怒りで、要求を受け止めてもらえるとは思えなかった。それに要求そのものも思いつかない。
井の頭線の階段で誰かを呼び止めていたのはきっとこの女だろう。そして、痴漢を逃がすまいと追って来たのだけれど、引っ張り出した相手の腕を間違えて、転げ出てきたのは一敏だったということだ。

「にいちゃん、それはねえだろよ。」

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突然、背後から甲高い声で言われ、50代半ばくらいの男が一敏の肩を揉み始めた。半分にやけながらも、こわばった赤い顔が肩越しに見える。混乱が増した。
どうして肩をもまれているのだろうか。何だって次から次へと絡まれるんだ。なんと返事をしようか考えあぐねいていると、男は一敏のそんな様子を見るともなく、肩から手を離し、ぽんと叩いた。続けて「ふぅ」と一呼吸してまくし立てる。
「なんなの。この女、あんたがやったんじゃないんでしょ?俺、見てたよ。あんたの腕ひっ捕まえてホームに引きずり降ろしたとこ。それに全然あやまりもしないじゃん。こういうの放って置いちゃあんたさオトコとして、」
「謝りました。」女が口を挟む。
「あやまってねぇだろ!」男がホームに響き渡るような大声で怒鳴りつけた。女は小さく「ひっ」と声を漏らす。もう泣いてしまいそうだった。男が威圧するように女に詰め寄っていく。
「いやいやいや、いいですから。僕は大丈夫ですから。」一敏は男を制しながら、どんどんややこしくなっていく状況を妻にちゃんと説明できるのだろうかと思った。そして、このままちゃんと帰れるのかも気になり始めていた。

「いいとか、わりぃとか、よくねぇんだお。うぅ。」と男は言い淀んだ。
あぁ酔っ払っているのかと思った。この男も酔っ払っているのだ。口をパクパクしながらも、二の句がうまく出てこないし、ときおり「グプ」などと危なげな声が漏れている
女はさっきまでの威勢はどこかに引っ込んでしまったようで、急いで一敏の後ろへ回って盾にし、ひょいと顔だけを横から出して様子を伺っていた。男はその場に倒れこみそうなほど体を揺らして何かブツブツ言い始めた。
騒ぎを聞きつけて駅員が駆けてきたときは、3人ともなんとなく黙ってしまっていた。たぶんこの駅員に俺が説明するんだろうなと思い、ため息が出た。「なんでもないんです。」で、判ってもらえることを心から願った。そして、自分が嫌になったが、世に出て働くということが嫌になったんだと思い直した。

コメント / トラックバック2件

  1. asako より:

    女性の描写がクローズアップされているから、恋愛小説かな?
    この後どうなるんでしょう。
    やっぱり男性は、外に恋を求め続けるものなのでしょうか。

  2. ひげもじゃ より:

    これは疲れたサラリーマンを書いたモノです。
    恋愛小説ではありません。

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